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前田紀貞建築塾 第8期ブログ

キャサリンが書いています。

 
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西洋哲学2000年のおさらい

3/16 建築塾の様子をお伝え致します!!


卒業設計コース
学内、せんだいへの出展を終えた岩永陽輔
①

一応、作品を公に出す機会は終了しましたが、さらにブラッシュアップをし、設計演習コースの第3課題の講評会の際にプレゼンする事になりました

その為にストーリーの再構築、プレゼンシートの作り直し等、やる事は山ほどあります
プレゼンの際には溜まりに溜まったフラストレーションをぶつけてくれる事に期待しています


設計演習コース

設計演習
各人、進捗状況をプレゼンしますが、今週は全体的にあまり進んでいない印象です
②

やはり先週ご紹介した案に魅力を感じます


326.jpg

天気によって、液体中の不純物の様子が変化するストームグラスを使用する案

stormsetumei2.jpg


上の絵のように天気によって不純物の様子が変化すると言う事は、天気によってストームグラス内に入ってくる光の反射の具合が変化するという事です!!

このストームグラスが光をコントロールする装置として成立させる事ができれば、道が開けそうです

天気が悪い(光が少ない)時ほど、不純物が大きな結晶をつくる(光を多く反射する)ことがミソな気がしています


樹木を周辺(都市)の音を集める集音器とする案

場所ごとに異なった音を集める樹木を拡張することで、均質な空間を音によって切り分けようとしています

実際に代々木公園にて樹木に集まっている音を録音してきていました!!


微妙な違いは分かりますが、劇的な違いがあまりない。。。。

本当に樹木ごとに、劇的に違う音が集まっているのか?という証拠探しがとても大変そうです

あと、音の増幅装置にも工夫が必要そうです♬
機械的になりすぎてはつまらないので !


建築論
ー西洋哲学2000年のおさらいー

これまでの2000年間の西洋の哲学は、ほぼ形而上学(固体的・形式的)でしが、その後20世紀あたりから形而下学(流体的・非形式的)も見られるようになりました!!

まず「ギリシア哲学」からです!

プラトン:固体の哲学の創始者
イデア論の元祖
プラトンはどんなものにも究極の理想型(イデア)があると考えました
そしてそのイデアこそが真実の実存であるとし、イデア以外のものはイデアの模倣に過ぎない不完全な存在であるとしたのです

イデアは不完全な人間の「感覚」では捉えられず、「理性」によってのみ捉えられるとされました
こうして、プラトンは経験主義のような人間の感覚や経験を基盤に据えた思想を否定したのです。。。

要約すると、人の「感覚」は不完全で信用できない
よって自分たちが目しているものは全て嘘っぱちである
ということは、すべてのものの背後には自分たちの「感覚」では捉えきれない究極の理想型(イデア)が存在するに違いないという思想です!!

つまり、プラトンの哲学は人間の感覚を排除したガチガチの固体的な哲学といえます


アリストテレス
アリストテレスは師のプラトンのイデア論を引き継ぎながらも、「イデアが個物から離れて実在」するという考えを批判しました!!

イデア論とは区別して、世界で起こる現象には形相因と質料因があるとしました
・形相(エイドス:イデア的なもの)因:そのものの実体であり本質
・質料(ヒューレー)因:物事が何でできているか

と箇条書きにしても全く分かりませんね
形相と質料は「蜜蝋の刻印」と「蜜蝋」の関係(背後の摂理とそれを実現する素材の関係)と言われています
これでもあまり馴染みがないので分かりにくいです
言い換えると「ハンコ」と「朱肉」の関係です
0534.jpg


ハンコは何かしらの紋様を持っていますが、それだけでは何も意味をなしません(形相)、朱肉(質料)があってはじめて紋様を示し、意味をなす事ができるのです!!

つまり、アリストテレスはプラトンのように自分たちの目にしているものは全て嘘っぱちだとは考えず、すべてのものが「本物」になる可能性を持っているが、「質料」を持たない為に純粋な「形相」として存在していると考えたのです

アリストテレスによってガチガチの固体的な哲学が少し流体的になってきました

つづいて
ー形而上学の特色ー
きわめて形式的な思考をし、矛盾を許さず、ただひとつの心理を求めようとします

・A=A
Aは常にAであり一切の矛盾を許さない、つまりX=AとX=notAの共存を許さないということ
例えば、男は男、女は女ということしか認めないのです
男にも女性的な部分、女にも男性的な部分があるいう事実に対しても矛盾としてフタをしてしまいます

・ロゴス中心主義
話言葉、書言葉は透明に概念を伝達できるという確信がありました
話言葉、書言葉は(内容を透明に伝える)道具に過ぎないとされてきたのです
しかし、話し方で言葉の意味は変わってしまいます(動物のブタと他人を罵るブタ!!)この事実にもフタをしてしまいます!!

・現実を説明し尽くそうという「知の体系」
デカルト:
今いる世界の中で疑いようのないものとはなにか?
もしかしたら、今いる世界は夢かもしれない
そのようなことを考えている自分だけは疑えない→コギト

ヘーゲル:
世界を言葉によって説明し尽くそうとした!


つまり形而上学は言葉が先行していて世界の、言葉では語りきれない部分については無頓着だったのです


次回からは形而上学の批判の歴史について講義が進んで行きます!!


前田紀貞アトリエ 松下健太

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